オーストコリア

【フフフッ】海江田民主党等研究第451弾【また論戦で完勝したぜ】


644:02/01(土) 17:30 ojEuKg9e [sage]
>>640
ナチスの枕詞になってる優生思想政策や民族絶滅を実際にやらかそうとした証拠が残ってるのはルーズベルト政権の合衆国と20世紀のオーストラリアくらいしかないんだよね。
ナチス政権下のドイツでさえユダヤ人にドイツから出て行って貰いたいとしてた以上の明確な証拠は出てないし。

650:02/01(土) 17:35 mYGBSWRs [sage]
>>644
で、成功したのはオーストコリアだけと

十八世紀末にオーストラリア本土の流刑植民地から溢れた囚人がこの島に送られてきた。一八〇四年には一般白人の植民も始まっている。これら植民者にとって先住民は邪魔者でしかなく、
眼にとまったアボリジニーは即座に射ち殺す、というのが慣行になったというのだから、たまったものではない。一般の入植が始まったのが一八〇四年頃、タスマニアン・
アボリジニーの人口は三千人から七千人と推定されているが、一八三〇年頃にはたったの三百人足らずに減ってしまった。
白人が持って来た悪疫や酒で死んだ者もいるが、
射撃の餌食になったアボリジニーのほうがはるかに多い。
 一八三〇年、植民地政府は生き残ったタスマニア人の「保護」と称して、
特定の地域に強制移住させようとした。だがこの「保護政策」は失敗に終わった。なぜなら白人の都合で強制移住地は次々と代えられ、
代わるたびにひどい土地へと追われていったからである。一八三五年にはさらに百人減って二百人となり、四七年にはなんと四十四人になった。トルガニーニは
絶滅寸前の四十四人のなかの一人だった。彼女がまだ子供の頃、移動中の一族は白人官憲に襲われ、叔父や男たちは
容赦なく撃ち殺された。海岸に逃げ延びた女たちもアザラシ狩りの白人につかまり、陵辱されたうえ、
殺されたり、連れ去られた。そのなかには彼女の母や姉もいた。
 一人になったトルガニーニは森やブッシュの中を転々としながら大人になり、
ようやくある男と一緒になれた。だが、それも束の間、男は白人に捕えられ、
生きたまま両腕を切り落とされ、海へ放り込まれてしまった。九死に一生を
得たトルガニーニは、その後「最後のタスマニアン・アボリジニー」として余生を送ることができた。
だがそれは人類学上の貴重な「資料」として保護されたのだったかもしれない。一八七八年、「山の奥に私を埋めて」と言い残して、
トルガニーニは苦難の生涯を終えた。遺体は遺言通りタスマニアの山の奥に埋められた。ところがあくまでもあざとい白人はなんとトルガニーニの墓をあばき、
遺体をばらばらにして持ち去った。彼女の骨は 「珍品」として蒐集家の手に渡り、博物館にまで陳列された。
http://longlive.hatenabl og.com/entry/2012/06/17/200922



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